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樹皮のついた器

きりの木の器
これは桐の木の無垢材を樹皮がついたまま挽いた楕円形のボウルです。都内の大学構内に生えていた桐の木が剪定作業で出た直径20センチほどの枝を頂きました。
これまで桐の木はタンスか下駄くらいしか使用方法は考えつきません。タンスを作る技術など持ち合わせていませんし、とりあえずボウルを作ることにしました。
挽いてみると意外に年輪がはっきり中心から現れているのでとても美しいと思います。樹皮のついた淵も剥がれ落ちることがなく綺麗についたままです。毎日水洗いするような食器には使えませんが渇きもののお菓子や小物入れには使えそうです。
梨の木の器
木材の入手には様々な方法があります。
常に同じ材を一定量入手できるとはか限ららず、まさに一期一会の世界です。
これは梨の無垢の梨の材を利用して挽きました。
知人から近所の梨園で枝の剪定が始まるとお聞きしたのでちょうどよい太さと長さの枝を頂いてきました。
材の入手にはいつも運命の出会いのようなものです。
同じ梨の材でも挽き進むうちに木の色が変化していくのは興味深く思いました。
おいしい梨を毎年提供してくれた梨の木に感謝しつつ作業を進めます。


かやの木の器
器つくりについては全く知識がなかったころ、いろいろと教えてくれた今は亡き従兄弟から頂いたかやの木の細目の丸太。
木取りから旋盤への取り付け方法まで詳細に説明して頂きました。昔ながらの腕扱きの大工でした。木工ろくろを木工旋盤に独自作り直したり、刃物も独自の研ぎ方をあみだしたり、私の一番の先生でした。
木の入手と併せて、作成に至った当時の記憶がこの器にはびっしり詰まっています。
梨の木の器
これも梨の木です。
幸水とか豊水とか、梨には種類がありす。
種類によって材の色が違うのです。
これは何の種類か定かではありませんが、暖かみのあるピンクがかった色ばかりでなく、手触りにも暖かみがあるような気がします。
この材は伐採されて数か月経過して、少し染みが入り込んだような色合いがあります。思いがけない驚きや嬉しさもあり、同じ物は二度と作れないかけがいのない器になりました。


コナラの木の器
これは2年ほど前の晩秋に伐採したコナラの木を使用した器です。コナラと言えばキャンプの焚火の薪ぐらいしかならないと思っている人も多いようですが、伐採後まだ柔らかい内に挽けば容易に思うようなフォルムに挽くことができます。
コナラは乾燥に伴う歪みがとても大きく、丸い器が楕円形に変形するのがはっきりわかるほどです。この器は最初から楕円形に挽いていますので歪みはそれほどわかりませんが、歪んでくる過程も面白いものです。最終的には制作から一年~二年後に高台の歪みを修正して完成です。
花梨の木の器
ある日、兄が庭の樹木の剪定をして出た木をクリエーターの森に運んできてくれた。私にこのような趣味があることを覚えておいてくれてわざわざ運んできてくれた。初めて挽く木はいつもわくわくする。どんな表面の意匠が現れるのか?
本当に真っ白で緻密な表面。水も滴ると言いますが伐採したばかりの木からは旋盤の回転から出る遠心力で水が飛び出てくるほどです。


ヒマラヤ杉の器
ある日、玄関先にとてもゴツゴツしていて触ると痛みを感ずるほどの丸太が置いてありました。造園に携わる弟が剪定で出たヒマラヤ杉を持ってきてくれました。
公園や学校の校庭などはよくで見かけますがその生木の材となるとホームセンターなどでは絶対に手に入らない貴重なもの。
早速挽いてみると甘い香りがワークショップ内一杯にひろがります。年輪も幅が狭い部分と広い部分と育った所の日当たりやその年の気候のせいでしょうか。そんな木の歴史を考えて作業をした時間はあっと言う間に過ぎてしまいました。

ケヤキの器
春早く近所の寺院で大きなケヤキの伐採がありました。
お寺でも人手不足で、秋の大量の落ち葉の掃除に対応ができなくなっているとのこと。
夏に木陰を作ってくれて涼を提供してくれた大きな欅。
どんどん緑地が少なくなっていく街中で、ランドマーク的な存在だった大きなケヤキ、保存樹木だった欅、
残念ですが仕方がありません。
材はとても硬く切削には時間を要しましたが、水分にも強そうです。実用品としても使えそうです。
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